国家政策としてのウェルビーング-ICT技術調査 デジタルヘルス情報提供-株式会社テックナレッジハウス
BLOG / デジタルヘルスの未来
国家政策としてのウェルビーング
– ルクセンブルグでのWell-being 2022 Conferenceへの参加も振り返りながら –
(1)国家政策としてのウェルビーングに関心を持った理由とルクセンブルグでの会議
私のブログでは現在、3つのテーマがありそのうちの1つがウェルビーングです。このウェルビーングを設定した理由は、個人の健康の向上のためには、身体の健康だけでなく精神の健康も保つこと、更に家庭や社会で各人が良好な状態であることが必要で、これはウェルビーングの高いこととほぼ同じことになってくるからです。こうなると、国家が国民の健康をどうとらえるのかも気になります。
今回は、もう2ヶ月前のことになりますが、ルクセンブルグ政府で国家統計と経済の研究を行う機関のSTATECが主催したWell-being 2022 Conferenceに私が参加したので、ここで議論されたことも参考にしつつ国としてのウェルビーング向上が世界でどのように進んでいるかを手短かにお話ししたいと思います。
私は、この会議にはただ傍聴するだけの参加でしたが、日本人は私のほかにはもう一人関西大学の赤枝先生(準教授)が参加されていました。赤枝先生は社会学がご専門で、この場でも発表もされており、私は先生から社会科学の中でのウェルビーングの進展につき色々ご教示頂きました。
(2)学者・国家の現代社会への認識
さて、本題に戻ります。ウェルビーングは、私のようなシステムインテグレーション屋にとっては、お客様のワークスタイル改善や従業員の心身の健康管理などの切り口で最近は欠かせない言葉となってきました。また、国や地方自治体の政策でもウェルビーングという言葉をよく耳にするようになりました。
上記のコンフェレンスは、学会というわけでなく、STATECがウェルビーングに関係ある学者(政治学、経済学、社会学)と国家機関(欧州主体)の職員を集めウェルビーングの推進につき欧州主体の各国の状況含めて発表し意見交換する場でした。
この分野に疎い私にも、経済の成長だけでは人は幸せにならない、つまりbeyond GDPの対策が重要、というのと、ウェルビーングの向上のためには社会資本(social capital: 他人に対しての信頼、相互扶助、人と人とのつながりなど人と人の協調を強めることが社会の強さにつながるという考え方)が重要、ということの2つがこの会議の場でも基調となっていることは強く感じました。
少し調べてみました。最近になりSDGsなどと騒ぎますが、このような流れや考え方は必ずしも新しいものではないようです。
経済学では、経済成長はするが人は必ずしも幸せにはならない、というのは、既に1974年にアメリカの経済学者のリチャード・イースタリンが発表し、以後、イースタリン・パラドックスと呼ばれています。これは現在では通説になっており、その原因や対策が議論されてきました。
一方、政治学では、1995年にアメリカの政治学者のロバート・パットナムが米国社会での国民のコミュニティなどへの参加率の低下や社会資本の低下を論じて注目をあつめ、その後2000年にはトクヴィル以来の米国社会論といわれる”孤独のボーリング(Bowling Alone、つまり米国国民が仲間と一緒でなく一人でボーリングしている)”という著作を世に出し、ウェルビーング向上に社会資本充実が必要との認識につながってきています。
(3)ウェルビーングのレベルの測定
次に、ウェルビーング向上のために、まず、どのようにそのレベルを測定するのかというと、これまでの研究は、ウェルビーングというくくりでなく、幸福 (Happiness)度とか人生満足度とかで測定してきました。それぞれデータを集めて、たとえば収入が増えると人の幸福度や人生満足度は上がるか、これらを上げるためにはどうしたらいいか、などの研究をするわけです。
幸福度などを測る指標の1つの例として、2012年から毎年国際連合が発行しているWorld Happiness Reportがあります。順位では、フィンランドが2022年まで5年連続で1位になっており、日本は、2022年は54位(先進国中最低といわれている)です。なお、フィンランド以下は、デンマーク、アイスランド、ズイス、オランダ、ルクセンブルグ、スウェーデン、ノルウェー、イスラエル、ニュージーランドと続きます。
この評価は、1) 一人当たり国内総生産(GDP)、2) 健康寿命、3) 社会保障制度などの社会的支援、4) 人生の選択の自由度、5)他者への寛容さ、6) 政府・ビジネスの腐敗度、の6つの要因のほか、調査対象者が調査の前日に前向きに感じることがあったか、及び後ろ向きに感じることがあったかを加味して行います。ソースとするデータは、調査会社ギャラップの行うGallup World Pollを主に他の統計的数値も使っています。なお、狭義のヘルスケアに関する項目は、平均寿命です。
(4)国家のウェルビーング向上への取組
最後に、国家政策としてウェルビーング向上に取り組む例を見たいと思います。
まず、世界で国家政策にウェルビーング向上を組込んで積極的に取り組んでいるといわれるのがブータンです。GDPのほかにGNH (Gross National Happiness)という国民の幸福感を表す指標を作り、経済成長とともに国民が幸福感をもって暮らせることを最終目標とするGNHの最大化も同時に目指しています。
一方、今回の会議の開催地のルクセンブルグ(World Happiness Reportで6位)は自身で“The Luxembourg Index of Well-being (LIW)”という指標を作成しており、これを公共政策の目標にしようと取り組んでいます。また、この指標での狭義のヘルスケアに関する項目は、平均寿命と各人が自分の健康をどう認識しているかです。
その他、この会議では、ウェルビーングを推進している国として下記3か国があげられていました。
(これらはこの資料にまとまっています)
・イタリア
議会で予算編成時に議論すべきこととしてBenessere Equo e Sostenibile (BES)指標
のリストを法律に規定。(Law No. 163, 2016年)
・フランス
2015年にNIR (New Wealth Indicator)を公共政策の中で定義しNIRを考慮する法制化を行った。
(Law No. 2015-411(SAS Law))
・ニュージーランド
社会福祉増進のため、省庁と通常予算の枠を超えウェルビーングの特別予算を
設定し推進。
今後、それほど遠くない将来に日本の政策の中にもウェルビーングの指標がとりこまれていくと思われます。
- PROFILE
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柴柳 健一
大手ITベンダーでの海外ビジネス、アライアンス事業の経験を活かし米国最先端ICT技術の動向調査、コンサルを行っている。
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