米国医療IT展(HIMSS)で ...-ICT技術調査 デジタルヘルス情報提供-株式会社テックナレッジハウス
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米国医療IT展(HIMSS)での生成系AI、遠隔診断、ローコード開発動向とPatient Engagement
4/17から4/21の間、3.5万人が参加したというシカゴでの世界最大の医療ITイベントのHIMSSに参加した。私としては、オンサイトでの参加は2019年に次いで3回目となる。医療分野でのITの適用についてのセッションと展示が行われた。電子カルテなどソフトウェア医療ソリューションが中心の展示に参加するスポンサーでもあるベンダーは、このイベント直前やイベント中に1年の中でも重要な新製品や機能を発表するのが慣例になっている。
少し時間がたってしまったが、今回のブログでは、ITに身を置く者としての印象と、米国の医療ITでは、電子カルテとともに必ず利用されるPatient Engagement(患者と医療提供者の間でのPCやモバイルデバイスでのやりとりの機能)につき簡単にその意義を説明したい。これの存在が日米の医療ITのデジタル化のレベルに差をつけている大きな一因となっている。
1.HIMSS23の印象
今回のイベントでのキーワードは、基調講演では、AI、ケアデリバリーの多様化(遠隔医療、在宅医療など医療ケアの多様化)、ヘルスエクイティ(医療提供の平等化)の3つであった。
展示会場では、長年のテーマである医療システムの相互運用性(インターオペラビリティ)とPatient Engagementに加え、セキュリティーが大きなテーマ展示となっていた。
(HIMSS の風景 左の写真で下部にあるイベント案内板には大きく”HEALTH + TECH”と書かれている)
私が個人的に特に印象に残ったのは3つある。今話題の生成形AIの利用が一部のソリューションで始まっていること、遠隔医療の質を向上させるデバイスが浸透しつつありそのデータの有効利用のための研究開発が盛んになってきていること、及びローコードのSW開発ツールで多くの医療分野のアプリケーションが構築可能になってきていること、の3つである。
1)生成系AI
いくつかの医療ソリューションが生成系AIの機能を組込み始めている。
電子カルテ最大手のEpicはMicrosoftと組んで、Epicの患者ポータル(製品名はMyChart)が患者からのメッセージ(問い合わせ)に対する回答案を、GPTを使って自動生成するデモをみせていた。(Microsoftは出資しているOpenAI の提供する生成系AIのツールであるGPTをクラウド上で提供する)
また、Nuance(現在はMicrosoftの傘下)やSukiは、患者と医師の会話の文字起こしを行い、更に電子カルテにそのドラフト記入を行うようなデモを見せていた。
(写真左はNuance、写真右はSukiの展示)
2)遠隔診断
米国では、州ごとで遠隔診断への保険適用のレベルが異なるが、日本に比べればコロナ以前より遠隔医療は広まっており、更にコロナで浸透することとなった。従って、実際に遠隔医療に必要な機器やサービスも具体手的に紹介されたり(私はイリノイ州のOSFという病院ネットワークがBest Buy Healthと連携してOnCall Advanced CareというCOPD、糖尿病、心臓疾患、高血圧といった慢性疾患を常時リモートモニタリングする事例発表に参加した)、Tytocareなどの遠隔医療を支える医療機器も 展示されていた。課題は、遠隔で患者のデータを採取できる新たな装置の開発というよりは、とれたデータの解析(デジタルバイオマーカの開発)だとの指摘が複数あったことが印象に残った。
3)ローコードのSW開発ツール
最近日本でもはやりのローコードでのソフトウェア開発については、Outsystemsのデモや事例の紹介などをみた。電子カルテのまわりの患者ポータル、モバイルAPや病院側のリスク管理システム、患者サーベイ、遠隔機器を使ったモニタリングなどでの適用例ができてきており、大病院グループ(米国の場合複数病院を持つところが多い)では、簡単に自社にあったシステム作りができるようになってきている。
また、過去のHIMSSとの比較ではそれほど新しい話ではないが、今回米国は進んでいると改めて感じたのは、次の2つの点である。
1)電子カルテとセットでPatient Engagementシステムが必ずセットで使われており、医療ソリューション関係者の間では、法令化されていると理解されている。このPatient Engagementシステムは、患者への電子カルテや検査結果などの情報開示や患者が病院の予約をとったりなど、病院と患者とのインタフェースをとるシステムで、患者は自宅のPCとか持ち歩いているスマホからアクセスできる。
2)CDS(Clinical Decision Supportの略)で医療の意思決定をサポートするITシステムである。米国では、医療機器などからデジタルデータを取り入れて、これらも利用して診療の意思決定を行う、ということが前提で医療システムが組み立てられている。
従って、医療情報のインターオペラビリティの標準化のFHIRにもCDSの考え方は取り入れられており、今回のHIMSSでもCDSの標準化についてのセッションもあった。
2.米国のPatient Engagement
既に触れたように、米国では、患者がオンラインでPCやスマホから自分の電子カルテや検査結果などの情報をみたり、診察の予約をしたりするPatient Engagementという機能が、電子カルテに加えて実装されている。電子カルテのEpicは患者ポータル機能でも高く評価されており、専業ベンダーだとIntelliChartなどがある。
これの普及した背景は興味深い。米国では、2016年に民主党のオバマ政権下で、議会の超党派の支持でThe 21st Century Cures Actが法案として通過した。この法案は、サイロ化されている医療データを患者のために開示するためのインタオペラビリティ推進のための法案と理解されているケースが多いが、実際の法案は、ガンなどの深刻な疾病の予防や治療の推進とファンディング、医薬や医療機器の開発推進、オピオイドabuseの危機の認識を広める、メンタルヘルスについてのサービス提供の改善などを行うものである。
但し、この法案には、これらを進めるにあたる前提として、インタオペラビリティの向上や電子カルテシステムの採用などを定めている。
これを受けてインタオペラビリティの具体的ルールが健康福祉省(HHS)傘下のONC (国家医療IT調整室)とCMS (メディケア・メディケイド・サービスセンター) で定められ、病院側が患者へ診療データを提供すること、関連ソフトウェアベンダーはこれを可能とするためのAPIを提供すること、保険会社が請求情報などの開示をAPIを通して行うことなどの義務が法令化された。
この流れの中でソフトウェアベンダーによるPatient Engagementの機能の提供と医療提供機関でのPatient Engagement機能の導入が進んだ。これにより、患者に対して、患者の診療や検査の結果の情報が開示されるとともに患者と医療提供者のやりとりが大きく改善されることになった。
日本の厚生労働省もようやく国際基準のFHIRをベースにした医療情報連携や患者への情報開示などを進めようとしているが、過去の経緯を考えると順調に進むと楽観的にみるわけにもいかない。
日本には法律の関係で米国の優れたIT技術やシステムがなかなかもってこれない、というのは日本から参加されていた医療ITの専門家の方々の集約された意見のようだ。
しかし、齢を重ね入院含め病院のお世話になることの増えた一人の患者・消費者としては、我々患者だけでなく医療提供者にとっても負荷を減らし診療の質を向上できるデジタル技術をより積極的に採用してほしい、と切に願った1週間でもあった。
- PROFILE
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柴柳 健一
大手ITベンダーでの海外ビジネス、アライアンス事業の経験を活かし米国最先端ICT技術の動向調査、コンサルを行っている。
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