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ヘルスケアへのAI適用の進化 – NVIDIAの年次イベントGTC2024で紹介されたソリューショと事例から –

2024.05.07 デジタルヘルス

半導体ベンダーとして知られているNVIDIAが年次イベントのGTC(コロナ前は年2回開催)3/17の週に米国の西海岸で開催したが、これに日本からオンラインで参加した。HIMSS24の続きは次回以降に譲り、今回はこのGTCで紹介されたヘルスケアへのAI適用の進化を事例も踏まえて紹介したい。

NVIDIAについては、昨年4/12のブログの” 生成系AIとヘルスケア”で創薬分野のフレームワークであるBioNeMoを紹介した。今回は3月のGTCで紹介されたNVIDIAのAIプラットフォームを利用した世界最先端のソリューションを、デジタルヘルス、画像処理、デジタル手術、デジタルバイオロジの4分野別に、私自身で調べた情報を加えて説明していく。

生成AI適用の例として、私が特に注目したのは、スタートアップレベルでヘルスケア用の基盤モデル(LLM)を新しいアーキテクチャーで開発し医療エージェント(まずは看護師の医療行為にはかかわらない業務が対象)を提供しようとしている会社(Hippocratic AI)だ。あと、近未来の特に有望な分野としては、医療分野で最も活発にAI活用が進められていた画像処理分野で、生成AIを用いて患者のこれまでの病歴や関連論文の情報を画像情報に合わせたマルチモーダルな形で推論などを行っていく方法である。
なお、文末に本投稿の内容の理解を深めるための参考情報とそのありかを整理する。

余談だが、ITに携わっている私がNVIDIAと初めて接したのは、15年前とかである。前職の会社のシリコンバレーのサンタクララオフィスを訪問すると、隣にNVIDIAがあり、これはゲーム用のグラフィック半導体の小さな会社だよ、と同僚と話しながらその前を車で通っていた。しかし、今や半導体世界一位で、AI用の半導体では他社の追随を許さないまでの会社に成長した。一時期米国の成長を支える巨大IT会社を会社名の頭文字をとってGAFAとかGAFAMといっていたが、今はそこにNVIDIAとTeslaが加わりMagnificent 7といわれているのは皆さんも耳にされたことがあるのではと思う。

(1)デジタルヘルス
1)Hippocratic AI社の医療エージェント
医療用の基盤モデルとしては、GoogleのMed-PaLMと改良版のMedLMが知られているが、スタートアップで取り組んでいるところでHippocratic AI社がある。
かれらは、医療スタッフの不足を改善すべく人間のかわりのできる医療エージェントの開発を行っており、まずは看護師の医療行為に関係しない患者対応の業務をターゲットとしている。

このシステムは、Polarisと呼ぶ独自のアーキテクチャーで、下の図1のように1つのプライマリーエージェントと複数の専門分野別エージェントがうまく連動して動き、基盤モデルとしての安全性や正確性を実現する。専門分野として、医薬、病院及び保険会社のポリシー、栄養、人の介在(人が介在すべきか情報を集め判断する)、EHR(患者との会話からサマリーを電子カルテへ反映させたり、電子カルテの服薬情報のサマリーを作成)、チェックリスト(電話で聴くべきことと手順のリスト)、検査結果とバイタルデータ、プライバシーとコンプライアンスなどがある。

(図1)Hippocratic AI社の医療エージェントのモデル
   出典:https://www.hippocraticai.com/foundationmodel 

彼らは、Polarisを使うと汎用のモデル(GPT-4やLlaMa)利用時よりも医療情報の正確性と安全性で優れていると実証データで示している。

2)Artisight社のスマートホスピタルシステム
病室にモニタリング機器などを入れAIを用いたリモート看護ソリューション(システムのイメージは下の図2)を軸に、手術室やクリニックの事務作業効率化を行うスマートホスピタルシステムを提供する。

図2)Artisightのソリューション環境   出典 https://artisight.com/smart-hospital/ 

ある大規模病院では、看護師の残業を52%減らし、患者の転倒を89%少なくし、看護師の離職率は76%減少したという。

この分野は、単機能では種々の製品がるが、Altisight社のシステムでは複数の機能を統合しようとしている。病室のモニタリング(バイタル情報から患者の転倒防止まで)、リモートケア対応、ベテラン看護師が病室にいるジュニアな看護師を指導しながらケアする、電子カルテシステムなどとの連携、病室から手術室/診療所とのワークフロー連携まで行う。

3)ABRIDGEの電子カルテ原稿自動作成システム
現在、医療の分野では最も本格的に生成AIを利用しているAmbient Computingの分野で、患者と医師の会話から電子カルテに記入する診療メモ(note)のドラフトを作成し電子カルテ(まずは業界1位のEpicから)の該当箇所に記入できる、というもの。
これにより医師は、1日当たり最大3時間の事務作業を減らせるという。

下の図3は本システムの利用画面の一例で、時系列で患者と医者の会話が記録されており、左段は見出しとしての一覧表、中段が会話のサマリー、右段が患者と医師の会話をテキスト化したものである。

(図3)ABRIDGEシステム利用画面例  出典 https://www.abridge.com/blog/patient-visit-summaries–now-generated-in-real-time 

この分野は、競合が多い。マイクロソフトの買収したNuanceが一日の長で一歩進んでいるようであり、今夏のリリースでnoteのドラフトより一歩進めて診断結果の候補や診療後の事務処理に必要なコード化情報の提供も行うとHIMSS24の展示ブースでは言っていた。

(2)画像処理
これまで、医療の分野の中ではAIの活用が最も進んでいた。将来的にはこれまでの画像処理に言語処理系の生成AIが結びついて、生成AIから得た患者の情報や過去の症例などと結びつけることでより高度な診断支援ができるようになると考えられる。

NVIDIAは、AIを利用した医療用画像処理に対しては、ITプラットフォームの基盤部分を提供しているが、アプリ関係では、オープンソースのアプリ作成ツールを行っているMONAIプロジェクトに参画している。参加メンバーは、ロンドンのKing’s College、Mayo Clinic、スタンフォード大など名だたる大学や医療機関がメンバーである。なお、MONAIのダウンロード数は200万をこえおり、業界標準となりつつある。
MONAIは深層学習を使ったモデルの開発をワークフロー(データラベリング⇒モデル学習⇒アプリケーションの開発⇒モデルの展開 という流れ)をサポートし、MONAIのModel Zooでは、各種モ-ダル(CT、病理、MRI、X線、超音波)のモデルや各種の画像アプリケーション(セグメンテーション、検出、分類、編集、再構成)が登録されている。

今回のGTC2024のイベントでは、MONAIのエコシステムの紹介、特にMONAIのコア機能を使ったFlywheelのend-to-endの医療画像分析システムを使って構築した薬の開発を加速させる医療用AI画像システムをNovartisが紹介した。具体的事例として、眼のOCT網膜画像からのDME(糖尿病黄班浮腫)、ドルーゼン、CNV(脈絡膜新生血管)の検出への適用例が説明された。(図4参照)

(図4)OCT画像の画像判別 GTC2024 セッション ”The AI Factory – Accelerating Research and Innovation in the Biopharmaceutical Industry” (NovartisとFlywheelの共同プレゼン)   https://www.nvidia.com/ja-jp/on-demand/session/gtc24-s62532/ (アクセスにはon demandへのID登録など必要)

また、NVIDIAをAIプラットフォームに使った生成AI含めたAIを利用した画像解析の事例として、インドのIITやその下の3つの事例を紹介した。発表されたばかりのインドのIITによる脳を細胞レベルで画像化する脳研究のプラットフォームのNuero Voyagerは、いろんな角度からこれまでにない精度で画像を見れるが、フロントにチャットボットが用意されていて脳研究についての質問や脳の論文の検索などができる。

1)GE Healthの超音波画像解析用の基盤モデルのSonoSAM:Metaの汎用画像像処理基盤モデルであるModel SAM (Segment Anything Model)を超音波画像用にファインチューニングした。
2)Phillipsの画像のノイズ除去ツールSmartSpeedは、従来のアルゴリズムに深層学習AIアルゴリズムを融合させることで、比較的ノイズの多いMRI画像の検査につき、高速化(3倍)、つまり検査時間の短縮と画像品質向上(最大65%の高空間分可能化)をはかった。
3)ENDOVISION社がAIを利用した内視鏡の検査手順の標準のCerebroを香港中文大学と共同で開発した。これにより検査箇所漏れをなくす。

(3)デジタル手術
NVIDIAはかねてから医療機器がリアルタイムでAI含めた画像処理を行えるような機器のIGXと開発環境のHoloscanというAIプラットフォームを提供している。

今回のイベントでは、医療機器の中でも手術機器に焦点を当て、手術のワークフローをかえる医療機器が実際に登場しつつあると下記の様なHoloscan プラットフォームを利用した手術機器の例を紹介した。

1)ベルギーのOrsi Academyは、2023/2にNVIDIA HoloscanとDELTACASTの機器として初めて手術室で用い、AR技術を駆使したロボット支援手術を行った。腎臓の部分摘出手術で、リアルタイムのセグメンテーション機能を用い人の器官と区別して機器を検出しながら手術前のCTスキャンの画像を重ねながらロボット支援手術を進める。
2)Erasmus Medical Centerでは、2023/10に世界で初めてロボット支援の肺癌手術にARを利用した。目に見えている画像に必ずしも目に見えない血管や腫瘍の仮想画像を重ね合わせて表示できる。
3)Moon Surgicalは、腹腔鏡手術用のロボットMaestro(アームが4本)を提供し、カメラで患部の画像をみながら一人の医者で操作可能で、これまで必要だった助手による操作を不要とし手術効率を向上させる。(デモビデオはこれをクリック
 4)MedtronicのGI Geniusは、Cosmo Pharmaceuticals が開発および製造したリアルタイム大腸内視鏡検査ツールでAIを使ったものとしては初めてFDAの承認を取得した。 Medtronicはこれを自社の内視鏡のビジネスに活用する。

(4)   デジタルバイオロジ
NVIDIAはかねてより、創薬のための基盤モデルを開発、カスタマイズ、展開するための生成 AI プラットフォームのBioNeMoを提供してきた。創薬に関する様々な基盤モデルやツールが集められている。一方、遺伝子解析については、2019年にミシガン大学のスピンオフのParabricksを買収し、Parabricksのブランドで業界標準のツールを提供してきた。

3月のイベントを機に、BioNeMoに遺伝子分析ツールの基盤モデル(DNA解析のモデルであるDNABERT、遺伝子ノックアウトの予測や細胞タイプの識別に用いるscBERTや2つのタンパク質の相互作用を3D構造で予測するEquiDockなど)を追加した。また、創薬分野では、構造予測を行うDiffDockやESMFold、ユーザの欲する特性を持つ分子を設計するMolMIMなども準備された。
下の図5がリリースのロードマップである。判読困難なので補足説明する。
中央横長部分が創薬ステージ(Targrt Discovery⇒Hit Generation⇒Lead Identification⇒Lead Optimization)で、その下の横長部分は提供される各ステージのツールである。ここで*が付いたものは既に現在リリース中、**のついたものは将来リリース、無印は近日リリース予定。
  Target Discovery: DeepVariant, Phenom-1, ESM-2, scGPT**, ProtMIM**
 Hit Generation: AlphaFold2, ESMFold*, OpenFold, ProtGPT2, AlphaFold-Multimer, OpenFold-Multimer**
  Lead Identification: DiffDock*, MoFlow, MolMIM*, MegaMolBART, ProtMPNN, RFDiffusion
  LeadOptimization: NeuralPLexer, DiffSBDD**, DiffDock-PP**, UniDock**
上段部分は用途に合わせ準備されているワークフロー(Protean Structure Prediction、Virtual Screening、De Novo Protean Design、Molecular Generation、Moleclular Docking、Antibody Design)である。

(図5)創薬用モジュール(NIMs)のロードマップ(NVIDIA 2024のヘルスケアメインセッション)  
  https://www.nvidia.com/ja-jp/on-demand/session/gtc24-s62604/?playlistId=playList-5d17c33f-65f5-4fb1-9fed-bc5b7f4dec44 (オンデマンド視聴のためID登録など必要、開始後29分)

Parabricksも機能強化されており、遺伝子の解析で、シングルセル解析や空間的解析を高速に行えるレフェレンスワークフローの提供も始まった。
以上の各機能は、NVIDIAのGPU上での性能などの最適化が行われた状態でリリースされる。

(参考資料一覧 本文から直接リンクしているものも一部含む)

1.全体
Nvidiaのヘルスケアメインセッション
 https://www.nvidia.com/ja-jp/on-demand/session/gtc24-s62604/?playlistId=playList-5d17c33f-65f5-4fb1-9fed-bc5b7f4dec44  (オンデマンド視聴のためID登録など必要)

2.デジタルヘルス
・Hippocratic AIの医療エージェント
  概要説明 https://www.hippocraticai.com/research/polaris 
  論文 Polaris: A Safety-focused LLM Constellation Architecture for Healthcare (2024/3) https://arxiv.org/abs/2403.13313  

3.画像
・MONAI
1) MONAIの基本 https://www.youtube.com/watch?v=AMZUSnXu6uQ
2) MONAI Model Zoo(登録された各種モデルの一覧と機能説明)    https://monai.io/model-zoo.html
・ITTのNeuro Voyager 
https://acr.iitm.ac.in/iitm_in_news/iit-madras-offers-brain-research-platform-neuro-voyager
・GE HealthCareのSonoSAMTrack モデルの説明
https://www.gehealthcare.com/insights/article/sonosamtrack-a-pioneering-research-analysis-of-ultrasound-imaging-with-ai
・Phillips の SmartSpeed 製品説明(機能とメエカニズムを詳しく) 
  https://www.philips.com/c-dam/b2bhc/jp/resources/landing/smartspeed/Philips_MR_SmartSpeed.pdf
・Endovision   AIを利用した内視鏡検査の標準手順Cerebro説明
https://www.emjreviews.com/wp-content/uploads/2021/02/Artificial-Intelligence-and-Robotics-in-Endoscopy-Current-and-Future-Perspectives.pdf

4.デジタル手術
・Orsi Academy
https://www.orsi-online.com/news/orsi-academy-brings-real-time-artificial-intelligence-or-first-its-kind-augmented-reality-surgery
 ・Erasmus Medical Center
https://amazingerasmusmc.com/surgery/world-first-robot-assisted-lung-cancer-surgery-with-augmented-reality
・Moon Surgical
https://www.forbes.com/sites/stevenaquino/2023/11/14/with-its-maestro-system-robotic-tech-moon-surgical-is-making-operating-rooms-accessible-to-all-surgeons/?sh=24a2eca214fa
・Medtronics
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2304/14/news022.html (日本語)

5.デジタルバイオ
・BioNeMo 創薬のためのフレームワーク
概要説明と提供されるツール類の簡単な説明がドキュメント化されている。
https://docs.nvidia.com/bionemo-framework/latest/index.html
・Parabricks  業界標準の遺伝子解析ツールをNvidiaプラットフォーム上で最適化し提供
1) 概要説明
https://resources.nvidia.com/en-us-hc-genomics/healthcare-genomics#page=1
2) 現時点での最新バージョン(V4.3.0)の説明
 https://docs.nvidia.com/clara/parabricks/latest/index.html 


以上