AI応用分野国際学会KDDをふ ...-ICT技術調査 デジタルヘルス情報提供-株式会社テックナレッジハウス

BLOG / デジタルヘルスの未来

AI応用分野国際学会KDDをふまえた医療へのAI適用動向:診療支援、マルチモーダルAI解析、生成AI

2024.10.10 デジタルヘルス

もうかなり時間がたってしまったが、8/25から8/29までKDDというAIの応用に力点をおいた国際学会*にバルセロナで参加した。このKDDでのヘルスケア関係のチュートリアルやワークショップできいたいくつかのキーワードにつき、時折日本の事例も入れてグローバルでの現状を簡単に紹介したい。
*:KDDは、ACM(Association for Computing Machinery)という広くコンピュータサイエンスを扱う国際学会で、KDDはその分科会であるKDD(Knowledge Discovery and Data mining)の主催する年一度の大会。

1.KDD全体の基調
KDDの医療関係のチュートリアルやワークショップでは、AIの学会故、生成AIをどう活用するかが大きなテーマであった。生成AIについては、ハルシネーション(生成AIが事実に基づかない情報を出力してしまうこと)対策含め生成AIのモデルの正確性・精度をいかに高めるかは、業種横断的なテーマとなっていた。大きな流れは、
1)生成AIに特定の専門分野の知識や最新の情報を求めるのは、現状では難しく、それら情報は生成AIの外に求める必要がある、つまり、検索システムで必要な情報を検索するとか特定分野の情報ソースを別に用意しておき、うまく生成AIの基盤モデル(生成AIのアプリ実行のための基本ソフトでFoundation Modelとも呼ぶ)上のアプリと連動させて動かすとのような仕掛けである。
2)生成AIの基盤モデルにGPTやGeminiなど汎用でなく医療分野専門の基盤のものを使い(現在Med-Geminiなど多くのものが開発されつつある。本稿の5.で触れる)、この医療分野の特化モデルもできるだけ小型化する。

KDDではヘルスケアのワークショップでエジンバラ大学のEwen Harrison教授などから医療分野へのAI適用状況の話があった。現状のヘルスケア分野でのAI利用は、画像解析、創薬(創薬についてはここではふれない)が中心で、ここに生成系AIやマルチモーダルのAIが登場し、徐々に適用できそうな分野を広げつつある。画像以外の診療支援AIアルゴリズム、たとえば入院患者の感染症(Sepsis)発症予測などは、まだ信頼できるレベルにまで到達していないとの指摘もあった。

以下、KDDでのキーワードと理解した診療支援AI適用の現状、マルチモーダルAI解析、生成AIの医療での活用分野、根本的なハルシネーション対策や精度向上手段である医療分野に特化した生成AIの基盤モデルにつき、KDDでの話に拘らず、例などをあげながら簡単に説明する。

2.診療支援へのAI適用
医療診断支援へのAI適用は、画像診断が主で、その他の一般的な診断支援の部分はなかなか進んでいない。
診断支援のためのAIアルゴリズムで、米国で最もポピュラーなものは、入院患者が敗血症(Sepsis)に感染するリスクを予測するものである。この分野では米国の電子カルテ(EHR)最大手のEpicによる予測ソフトのEpic Sepsis Model(ESM)が、2021年8月に発表されたミシガン大学メディカルスクールの評価で、精度が低いのでこの利用を広めることは敗血症の管理によくないと結論付けられた。このような状況下、米国で医療機器の認可を担うFDAは、2022年9月に発表したガイダンス(法的拘束力はない)で、医療機器として規制すべきかグレー領域の中にあった予測ツール(たとえばソフトウェアによる敗血症や脳卒中の予測)は医療機器として扱うべきとの見解を示した。
こののち、2024年4月には患者の24時間以内の敗血症発症を予測するAIツールが初めて医療機器として認定された。シカゴにあるPrenosisというスタートアップのSepsis ImmunoScoreというツールである。

診断支援で日本でトライしている例としては、Cubecというスタートアップがある。ここは、心不全診療AIの開発を筑波大、帝京大、名古屋大病院、九州大学病院との共同研究として進めており、AMEDの事業として採択されている。
この心不全診療支援AIは、電子カルテと連動し、一人ひとりの患者に応じたリスク判定・治療案を提案、さらに認められたエビデンスから関連箇所を検索・要約して表示し、かかりつけ医が患者さん個別の状態に応じた治療調整や専門医への紹介判断に関する意思決定を行うことの支援を目指している。

Cubecが大学などと研究開発中の心不全診療支援AI
(出典)https://cubec.jp/products 

3.マルチモーダルAI解析
今後のAI発展にマルチモーダルAI解析、つまり画像とテキストを組合わせる、など複数の形態のデータを利用できるAIモデルが開発されつつある。
生成AIの汎用基盤モデルでは、Googleが2023/12にネーティブなマルチモーダルの基盤モデルのGeminiを発表した。これはテキスト、画像、動画、コード(コンピュータ用のプログラムなど)などの様々な情報をネーティブ(最初のモデル学習から、異なる種類の情報を区別しない学習方法とデータを使う)で一元化して扱える。
医療でも、医療情報のマルチモーダル化が進んでおり、下図の左半分にあるような様々なデータのモーダリティがある。具体的にオミックス、代謝物(Metabolites)/免疫の状況/バイオマーカ、マイクロバイオーム、電子カルテ/スキャンデータ、ウェアラブル機器/バイオセンサー、アンビエントセンサー、生活環境のデータなどである。

今はまだ電子カルテや検査データベースでの分析が多いが、今後は、これらの種々の情報をより統合して解析し、下図の右半分にあるような様々な用途(精密医療、ホームホスピタル、リモートの健康指導など)に使われていく方向だ。

(出典)Multimodal biomedical AI    Nature Medicine  2022/9  
https://www.nature.com/articles/s41591-022-01981-2  

一例として手術室を見てみよう。下図では、手術室のベッドの右側に並んでいる4つの機器にデータが入出力されている。
上から、麻酔器、腹腔鏡タワー(現在の状態を写す画像に、手を入れた患者の術前の画像なども重ねて表示しガンの完全切除を支援するなど多くの活用方法あり)、最近欧米で導入が始まっている手術中の様子をカメラ・マイクで録画するブラックボックス、術中ダッシュボード(患者の現在のバイタルデータなどを表示)などの機器が並ぶ。今は、これらの複数の機器のデータを人が見ながら判断を下すことが多いが、将来的にはこれらマルチモーダルデータがデジタル情報として自動的に統合・分析されて、かなり遠い先だろうが手術の自動化も徐々に進んでいくのではないかと思われる。

手術室内で手術中にAI分析に使える複数種類のデータが生成されている
(出典)Artificial intelligence in surgery Chris Varghese, Ewen Harrison他著 
               2024/4改訂版 on Nature Medicine May 2024

4.生成AIの医療での適用分野とその例
(1)生成AIでできることと医療での適用分野
生成AIは2022年11月にChatGPTが登場して以来2年近く過ぎ、生成AIが何に役立つか、その適用範囲、その精度をどうすればあげられるか、などが徐々に明らかになってきた。
生成AIは利用者とコンピュータのユーザインタフェース部分にある程度のインテリジェンシーとコミュニケーション能力を持って、ユーザインターフェース部分を大きく改善する。基本機能として、多くの文書や人の会話からの要約とか、画像や動画生成などができる。
ただ汎用のChatGPTなどでは、支えとする知識は古い知識しかない(1年とか前のある時点以後のことは知らない)し、誤った回答をすることもある。何かを質問するときに、”あなたはこういう立場だ“などのコンテキストやこういう形式の報告を作ってくれとの指示をプロンプトで入力すること、関係ある特定の文書類を指定することなどは精度向上の1つの有効な手段となり、これである程度日常会話レベルの対応は可能となる。

現在、医療従事者の対応で利用が試行されたり将来性ありとみられている分野は、
 医療ドキュメントの作成、退院サマリーの作成、
 電子カルテなど医療文書の一般化(カルテの書き方の個人差の吸収)、
 医療保険の事前申請の審査(米国)、研究論文の要約作成、放射線画像の解釈、
治療オプションの提案、治療計画の策定、医療診断の支援、
医療のトリアージ(医療対応の判断)             などである。
また、患者の利用で試行されたり将来有望とみられている分野は、
検査結果の評価、医師の医療メモの説明、個人ごとの健康のための提案、
健康上のリスクの予測、病気の兆候の評価、ウェアラブル機器のデータの解釈、
メンタルヘルスのチャットボット、リハビリ指導指針作成    などである。

(2)生成AIの医療での適用例
グローバルと日本での例をそれぞれ1つ挙げる。
① アンビエントコンピューティング
現在、米国の医療分野で最も本格的に生成AIを利用しているのはAmbient Computingの分野。これは、患者と医師の会話から電子カルテに記入する診療メモ(note)のドラフトを作成し電子カルテの原稿を作る、あるいは電子カルテの該当箇所に記入する、というもの。
この分野は、参入ベンダーが多い。2024/5のブログ”ヘルスケアへのAI適用の進化”では、ABRIDGEを紹介した。
また、現在最有力なのは、マイクロソフトが買収したNuance。一日の長で他社より一歩進んでいるようであり、今夏のリリースでnoteのドラフトより更に進めて診断結果の候補や診療後の事務処理に必要なコード化情報の提供も行うと今年3月のHIMSS24の展示ブースでは言っていたが、これを書いている今現在、これに該当するような広報文はみつけられなかった。

② Ubie   
Ubieは日本のスタートアップ(従業員300人程度)だが、下記のようなプラットフォームを提供する。
1)医療機関向けサービス AI問診と生成AI(β版)の提供
・AI問診は、患者が病院へ行く前にスマホから問診表を記入でき、これらの入力結果は電子カルテに自動的に転記できる。
・生成AIは、電子カルテから退院サマリー、紹介状の作成する機能を持ち、β版の評価では、全社で全社で30%、後者で半分に作成時間を短縮できるという評価結果が出ているとのこと。音声系(おそらく患者と医者の会話からの文字起こしと推定される)も開発中。
2)生活者向けサービス  
症状を入力すると考えられる病気の情報が得られ、医者にかかりたい場合、そばの病院・医院の紹介を行う、一般人向けサービス。
因みに米国の状況だが、前者はSymptom Checkerと呼ばれ、Mayo Clinic、WebMD、Your.MD、 Symptomate や Adaのものが知られている。後者では、たとえばGoogleは検索から病院予約につなげるような試みを行っている。

5.  医療分野に特化した生成AIの基盤モデル
 医療の分野では、命にかかわることも多く、医療向けの生成AIの基盤モデルを作ってハルシネーション対策や精度向上を行うことが急務である。
医療用の基盤モデルとしては、グローバルレベルでみると、下表のように数多くが開発されている。

医療分野に特化したLLMの例
(出典)A Survey on Medical Large Language Models
https://arxiv.org/abs/2406.03712

一般的に言えば、まだまだ開発途上で、検証も医学的なQ&Aに対する回答の精度の評価が多く、臨床での利用の評価とまではなかなかいかない。 
これらの中で、Googleが2024/4に発表したMed-Gemini が最も進んでいると言われている。Med-Geminiはネーティブでのマルチモーダルの基盤モデルGeminiベースにできており、テキスト、画像、動画、電子カルテ情報などマルチモーダルのデータを扱える。
たとえば、マルチモーダルAIの例として、下記のようなCTスキャンデータからのレポート作成があげられている。このAIのレポート(下図の”Response”)は、人の下した判断(Radiologist Written Report)より正確だという。

GoogleのMed-GeminiのCTスキャンのデータから作成したレポート例   (出典)https://research.google/blog/advancing-medical-ai-with-med-gemini/ 

(より深い理解のための参考資料)
本文理解のために参考になる情報を下に挙げる。本文中で参照したものも含む。
■敗血症AIモデル評価
External Validation of a Widely Implemented Proprietary Sepsis Prediction  Model in Hospitalized Patients       JAMA Internal Medicine  オンラインで初出2021/6/21
著者:Andrew Wong以下主としてミシガン大学メディカルスクール関係者
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2781307  

■医療データのマルチモーダル化
Multimodal biomedical AI    Nature Medicine  2022/9  
著者:Pranav Rajpurkar, Julian N.Acosta他
 https://www.nature.com/articles/s41591-022-01981-2 

■外科へのAI適用
Artificial intelligence in surgery, Nature Medicine  2024/5
著者:Chris Varghese, Ewen Harrison他
 https://www.nature.com/articles/s41591-024-02970-3

■手術室のブラックボックス
手術室のすべてを記録する「AIブラックボックス」:医療ミスは撲滅できるか
MIT Technology Review  2024/6/17 by Simar Bajaj
https://www.technologyreview.jp/s/338581/this-ai-powered-black-box-could-make-surgery-safer/

■医療分野に特化した基盤モデル
① A Survey on Medical Large Language Models, 2024/6  
著者:Lei Liu(Chinese Univ. of Hong Kong)他
https://arxiv.org/abs/2406.03712
② GoogleのMed-Gemini関係
1)Advancing medical AI with Med-Gemini, 2024/5/15
   2024/4/28にGoogleの発表したMed-Geminiにつき主な機能を解説している。https://research.google/blog/advancing-medical-ai-with-med-gemini
2)Capabilities of Gemini Models in Medicine, 2024/5  (論文)
著者:Khaled Saab, Tao Tu,  Vivek Natarajan (Google Research)他
https://arxiv.org/abs/2404.18416
3)Advancing Multimodal Medical Capabilities of Gemini 
Google Research & DeepMind, 2024/5 (論文)
https://arxiv.org/pdf/2405.03162