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プロセスマイニングとヘルスケアの接点 – プロセスマイニングの国際学会ICPM 2024に出席して –

2024.11.23 デジタルヘルス

日本の産業界では、ここ2,3年でプロセスマイニングの導入・実践の動きが少しずつ活発になってきている。私は、10/14の週にデンマークのコペンハーゲンでプロセスマイニングの国際学会であるICPM 2024に参加したので、ここでは、プロセスマイニングを簡単にご紹介したのち、ICPMでとりあげられたヘルスケアの事例をご紹介したい。
プロセスマイニングの説明では、ヘルスケアではない分野の例で説明するが、ご容赦頂きたい。

1.プロセスマイニング
欧米の企業では、業務のプロセスを実際にビジネスプロセスとしてドキュメント化し管理している。これをより大きな組織で(たとえば会社全体)ツールを使って標準業務プロセスモデルとして管理するのがビジネスプロセス管理(BPM)である。米国などでは、従業員は終身雇用が前提ではないので、従業員は入れ替わることが前提で業務手順はドキュメント化されており、BPMの導入の敷居も低い。欧米の多くの大会社がBPMを全社レベルとはいかないまでも大半が導入しているようだ。

企業のERP, CRM, SCM などのアプリケーション利用が進み、アプリケーションのログを蓄積して、これらを分析することで、実際に業務プロセスがどのように行われているかを人間のバイアスのかからない形で客観的に整理する手法が登場した。これをプロセスマイニング(以降、多くの場合PMと略す)と呼ぶ。これはドイツから生まれた手法で、アーヘン工科大学のWil van der Aalst教授が生みの親といわれている。導入により、プロセス改善によるコスト削減や生産性向上、顧客にとってはレスポンス改善などが期待できる。
欧米で2018年頃から急速に導入が進み、日本はここ1,2年でトライアル的導入が増えている。

2.具体的にプロセスマイニングとは
(1)プロセスマイニングの基本要素
ビジネスプロセスを実行するために行われたイベント(ある時点で発生した特定のアクティビティ)を記録したもの、具体的にはERPやCRMなどのログ情報だが、これらの記録を分析したり、これらをもとに予測したりするのがプロセスマイニングである。
この記録は、イベントログと呼ばれ、少なくとも下記のようなアクティビティ、タイムスタンプ、ケースIDの3つの情報を含む。
・アクティビティ:操作・作業内容
・タイムスタンプ:アクティビティが発生した日時
・ケースID:アクティビティの発生から完了までを一つのプロセスに紐づけるための一意のID
一例を下図にあげる。販売の業務で注文を受け出荷完了までをプロセスと考え、顧客からの注文ごとにケースIDを付けて注文を区別する。プロセスの状態は、アクティビティの発生(この例の場合、注文、在庫確認、商品ピッキング、配送など)により変化し、このたびにイベントデータが発生しイベントログに追加される。

(出典:Celonis World Tour Tokyo セッション ”オブジェクトプロセスマイニングの衝撃”)

なお、上図で、”従来のプロセスマイニング“とあるのは、最近PMのトップツールベンダーのCelonisが中心になって提供を始めた新たなPMの手法OCPM (Object-Centered Process Mining)が登場したことによる。このOCMPベースのツールを使うと、より正確にプロセスを表現することができるようになる。 

(2)プロセスマイニングの効能
プロセスマイニングのツールで実際のプロセスを分析すると、本来意図していたプロセスが理想的には下図の一番左、多少の例外を考慮して下図の真ん中と考えていたものが、下図の一番右のように想定していない処理や処理フローが非常に多く行われていることがわかる。

(出典)Celonis Day Tokyo 2024 基調講演

この実際に複雑なプロセスを無駄なく単純化することでまず生産性をあげることができる。
このプロセスマイニングを本格的に導入すると、プロセス本来のあるべき姿(プロセスモデル)に近づけることができる。これに加え、プロセスのイベント発生ごととかプロセス完了時までの時間やイベント発生時の指標の数値をとったり、これらを使って性能や効率を計算したり、取得したり計算した数値によりアクションを起こすということも可能である。アクションを起こす判断となる数字は、過去のログデータを統計処理したり、シミュレーションで求めたりと場合により種々求め方がある。

3.プロセスマイニングのヘルスケアでの利用例
プロセスマイニングは、大手製薬会社や医療保険の会社の事務処理系には既に利用されており、色々な事例がでてきている。
今回のICPMでは、製薬会社のSanofiが人事システムの中の人事異動関連のプロセス管理にプロセスマイニングを適用した例を発表していた。
医療そのものへの適用は、現在まだトライアル段階だが、大学で実践的な試みがいろいろ始まっており、ICPMではヘルスケア関係のワークショップ(Process-Oriented Data Science for Healthcare)で紹介があった。ここでは、これらのうち3件を紹介する。

(1)事務処理への適用
・事例名・発表者
事例名:Transforming HR Operations: Reducing Cycle Time in Job Change Processes
            through Process Mining
発表者:Christian Muller, Head of Process Intelligence, Sanofi
・ 概要
2015年に構築したWorkdayを使っているグローバルのJob Change(社内人事異動)
システム(Sanofiは世界70か国、従業員86千人、86製造工場・20研究開発拠点)をPMを使って単純化し標準化してグローバルで統一する。
・問題点など
 - 標準の手続き期間内での処理完了の割合がベンチマークレベルに達しない。
 - 国ごとにプロセスが異なり標準化されていない。
 - プロセス全体がどうなっているかなどをうまく説明しているドキュメントがない。
 - 従業員の満足いくレベルのシステムでない。
・現状分析からプロセスの再設計を決意
 - 現状プロセスはQPR社のProcessAnalyzerというツールを使って分析。
  ⇒単純に指標値を追い求めるのでなく、問題の個所がPMを使った現状分析で
   多数浮かび上がり、よりユーザセントリックなグローバルで使うJob Changeのプロ
   セスを再設計することにした。
  ⇒この新しいプロセスは既に100か国以上に展開済。
 - 利用者にも使いやすいようにWorkday Assistant(テキスト入力を通じて対話することで処理を進められるよう)も実装した。
・成果
– Job Changeプロセスのサイクルタイムが35日から6.4日と82%削減した。
– PMの適用分野の拡大は、Hire Processでまず分析を始めた。更に内部統制やサービスのチケット管理で事態が悪化する前に予測できるようにするような顧客満足度改善への適用も考えている。

(2)医療への適用の試み
ヘルスケア関係のワークショップ(Process-Oriented Data Science for Healthcare
医療関係の発表が6件あった。(3件はケーススタディとして、3件は研究論文として)
医療にかかわる部分への適用はまだまだこれからという印象をうけるが、ここでは、ケーススタディとして発表された3件をごく簡単に紹介する。

① 前立腺ガンの治療手順をプロセス発見の技法で考察する (発表の原題は、Case Study: Insights on Prostate Cancer Treatment Pathways using Process Discovery)
・マインツ大学(Jana Vormann他)とコブレンツ大学による発表だったが、国家としてのドイツのガンデータベース(IDGが管理)で2018年から2022年のデータの中からある地域の22千人の患者の完結したデータ(治療が終わるなどで)の12K件のトレースデータで、アクティビティ(治療、手術など)を経てのプロセスをPMで分析した。
・プロセスは標準化されておらず途中多くのパスが存在する、特に検査の関係。
・今後、よく利用される治療パターンを整備したり、治療にかかる時間、治療ごとのの効果、治療の結果予測、治療の順の推奨などに広げていく。

② 食道がん・胃がんの治療プロセスの個別化対応のための予測からの洞察(発表原題:Predictive Insights for Personalizing EGC Treatment Process)
・オランダのアイントホーフェン工科大(Laura Genga他)などのオランダの複数団体によるもの。
・これまでの機械学習を使った予測方法はロジックがブラックボックスで、たとえば、使われる複数の治療方法間の関係(治療順序など)まではわからなかった。
・今回のケーススタディでは、予測プロセスマイニング(Predicted Process Mining)に加え、最新技術のXPPM(説明可能な予測プロセスマイニング)の技術も使ったPABLO (Pattern-based Local explanation) という手法を使って、説明性という観点での透明性を高めた。
・ 今後は、この説明性を、対処法を示すレベルまで行うことを目指していく。

③ 多疾患併存症の病気の軌跡をプロセスマイニングにより分析する
 (Analysing Disease Trajectories of Multimorbidity through Process Mining  Techniques: A Case Study)
・イギリスのケンブリッジ大(Daniel Petrov)、St. Andrews大による研究。
・他疾患へ依存症は、2つ以上の慢性疾患を持っている症状を言う。
このケーススタディは、大規模のデータ*で、患者が実際にどういう疾患にどういう順番でかかるかという軌跡を分析しそのパターンも示すことを行った。あわせて、推移の時間経過データなどもとっている。
      *: 利用されたデータは、スコットランドのTauside & Fifeの全成人の2000/1から2021/12までの電子カルテの情報。
・下のDirectly Follows Graphで示されているのが疾患軌跡で20以上の症例のあった場合の疾患軌跡。
C349(51)の表記は、C349がICD-10コード(国際標準の死因・疾病分類コード)、51は件数である。ちなみに、C349は、malignant neoplasm of unspecified part of bronchus or lung(気管支または肺の悪性腫瘍)。

(出典)本発表と同じタイトルの本学会に提出された論文

(プロセスマイニング参考情報)
■プロセスマイニングの入門書 (2)は1)のレベルを理解してからの入門書)
1)プロセスマイニング理解と実践  近藤裕司著、インプレス  2022/12
2)プロセスマイニグの衝撃  ラース・ラインケマイヤー著、百瀬公朗訳 インプレス   2020/9
■Celonis社主催のイベントの録画
1)Celonis World Tour Tokyo 2023  
  基調講演 https://www.youtube.com/watch?v=f-Av2itYahs 
  全体 https://www.celonis.com/jp/world-tour/2023/recordings/#watch-now-wt-23-recordings から申込後視聴可能
2)Celonis Day Tokyo 2024
  基調講演 https://www.youtube.com/watch?v=GyMCnJFSLxE 
  全体   https://www.celonis.com/jp/event/celonis-day-tokyo-2024/ から申込後視聴可能
■日本でのプロセスマイニング推進団体
  APMJ (プロセスマイニング協会) https://apmj.or.jp/