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BLOG / デジタルヘルスの未来

ヘルスケアデータの大規模収集(コホートやバイオバンク) その1 欧米の例

2023.12.26 デジタルヘルス

                             

AIやデータサイエンスの発展に伴い、人の健康状態、身体のデータや、病状、病歴などのデータを蓄積・整備し、これらを分析して健康・診察の改善の支援や創薬に役立てようという研究や製品開発が世界中で行われるようになってきた。具体的な状況は、これまでのブログでは、昨年の6/23 (私のデジタルヘルスへの問題意識と今後のブログのテーマ) 、今年の4/12 (生成系AIとヘルスケア) や今年の5/31(米国医療IT展(HIMSS)での生成系AI、遠隔診断、ローコードの開発動向とPatient Engagement)でも触れてきた。 また、ゲノム解析も急速に進んできている。

これらを進めるためには、分析アルゴリズムの開発だけでなく、良質のデータを相当数揃えることが前提となる。より具体的には、同じ人を長期間トレースするヘルスケアデータの収集・蓄積が必要となる。データの収集は、特定の集団や特定の疾患での健康状態の改善や疾患の予防・治療の研究のための場合のこともあれば、国全体で広くデータを集め研究者にデータを提供することを目的とする場合もある。バイオバンクとかコホート研究という言葉がよく使われる。なお、データの性質上、セキュアなデータの扱いや、個人名と誕生日などの公開はしないなどというプライバシーへの配慮を行わねばならない。

これから2回に分けて、上記のようなデータ収集の活動につき、欧米と日本でのいくつかの例につき簡単にふれたい。今回は欧米で代表的な3例を簡単に紹介する。アメリカの広い国民向けのAll of USと退役軍人向けのMVP(Millions Veteran Program)、イギリスの広い国民向けのBiobank UK である。

なお、この分野は、現状全般を簡潔にまとめた情報がなかなかみつからない。文末に参考にした情報のうち主要なものを挙げる。

1. アメリカ
1.1 All of US
(概要)
研究者向けに米国で百万人の偏りない研究用の健康データを集め、遺伝子、環境、ライフスタイルでの個人差も考慮した個別医療による予防や治療法を確立するため、集めたデータの活用を外部に推進する。 
(内容紹介)
– All of USは、2015年1月にPrecision Medicine Initiative (PMI、精密医療イニシアティブ)としてオバマ大統領が発表し準備が始まり、2016年からNIH(アメリカ国立衛生研究所、国立の30ほどの医療研究機関をたばねている)のファンディングにより活動をスタートさせ、2016/10にAll of US Research Progeamと改称された。
– 研究者向けに米国民のヘルスケア関連データを集め、研究者(アカデミアで利益追求を行わないヘルスケアの組織)がこれらのデータを使う環境を提供するのが目的で、同時に行っている研究や研究発表は、活用例を示すためであり、研究そのものが目的ではない。2023/8から海外の研究者へのデータ提供も開始した。
– 実際には、アメリカ中で百万人以上の様々な特性を持つ人々に参加してもらい、個別化医療を進め、 人々の健康を増進させることにつなぐのが最終目標である。アカウント保有者(正式登録の設定まで終わっていない人も含める)は百万人を超えており、2022年8月時点で約33万人のデータが登録されている。
– 遂行上は下記に留意している。
・これまでの医療研究で対象とされてこなかった人やコミュニティーにも参加してもらう。
・生物学的な要素だけでなく社会的な要素(SDOH: Social Determinants of Health)も全体感を見る上で は考える。
・参加者が移動、年齢をとる、成長する過程もフォローする。
・どんな研究者でもインタネットでセキュアに容易に接続できるアクセス環境を提供する。
・収集するデータ
参加者の提供する個人のデータ(PPI: participant-provided information)、身体計測データ、電子カルテ(EHR)、ウェアラブル端末からの情報、ゲノム情報、その他生体試料(血液、尿、細胞など)からのデータ、外部のデータソースへのリンク。
電子カルテ(EHR)の保存はOMOP Common Data Mpodelが使われている。調査データもOMOPに格納する。イメージデータの収集は今後の課題と認識している。
– 参加者には、希望者に対しては、ゲノム解析の結果の送付も2022年12月から始めた。
-利用環境は、Research Hubと呼ばれ、セキュアなGoogle Cloudの環境上に構築され複数のアクセスレベルが設定されている。
-ここのデータを応用する事例として、心臓と血管のリスク、1年以内に新たな慢性疾患にかかるかの予測が発表されている。

1.2 Million Veteran Program (略称MVP)
(1)概要
退役軍人のヘルス関係情報を集め分析して、退役軍人の健康をより個別医療の観点から増進し、更には全米国民の健康推進をめざした研究を行う。
(2)内容紹介
– 米国の退役軍人省(US Department of Veterans Affairs)下の遺伝子と健康に関する研究プロジェクトで、2023年11月に目標参加者数百万人を達成した。研究対象としての所属員の人数も研究対象としても十分で、退役軍人省は病院のネットワークも持っており診療データのアクセスも容易なことが本プロジェクトのメリット。
-データは退役軍人省のシステムの利用者に限り利用可能。
-このプロジェクトは2011年に立ち上げられ、既に下記の分野で研究成果が出ている。
糖尿病、心臓病、ガン、変形性関節症、耳鳴り、PTSDとうつ病を含むメンタルヘルス、自殺のリスク
– 専用ウェブサイトもしくは全米のVAオフィス所在地で参加手続き可能。この時に以下を求められる。
遺伝子研究のための血液サンプルの提供、参加者の健康・生活スタイル・軍役の内容についての調査への回答、参加者の電子カルテ情報へのアクセス権(個人名など個人をわからせるような情報はシェアしない)許可、本プロジェクトの将来計画についての参加者へのコンタクトをすること

2. イギリス UK Biobank
(1)概要
研究での利用を目的として外部への公開も前提とし英国民50万人の遺伝子ならびに健康に関するデータを集めたバイオバンクである。2006年からデータの収集を始め、このバイオバンクのデータの利用による研究は、同様の他のデータバンクと比較して、世界で最も多くの研究成果の創出をしているといわれている。
(2)内容紹介
– 現在、50万人の志願者が参加しており、加入時は年齢40歳から69歳。最初の募集は2006年から4年間で行われた。参加後、少なくとも30年は健康状態をフォローすることになっている。 
– 11/30には、参加者50万人全員の全ゲノムシーケンスデータを初めて公開すると発表した。既存の他のデータと組合せると更に新しい研究の可能性が生まれる。
– 収集するデータは、健康状態、身体測定・血液・尿・唾液などのサンプルと検査結果、DXA法による骨密度測定結果、MRIなどの画像情報、加速度センサーの情報(手首に7日間装着)など。
電子カルテなどのデータ(Primary Care Data)は、参加者の同意のある場合、直接システムベンダーから入手する。
– 研究論文のテーマは、ゲノム解析が最も多く、疾患領域では、COVID-19(コロナ)、心血管疾患、2型糖尿病、ガンなどが多いようである。画像や画像由来の数値を利用する論文もある。たとえば、頭部のMRI画像は精神や行動障害の疾患で利用されることが多い。
– ファンディングは、イギリス政府の保健省(Department of Health)、the Medical Research Council、the Scottish Executive、the Welcome Trust。
– 製薬企業との連携も多くなされており、全ゲノムシーケンシングの活動に寄付した企業に一定期間独占利用権を与える、などのアレンジがされている。

(参考情報:特記したもの以外は英語)
1)All of US
・ プロジェクトのメインサイト  https://allofus.nih.gov/
・プロジェクト紹介       https://www.youtube.com/watch?v=VObOVn0-mvc
・2022/8 時点でのプロジェクトの状況 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9403360/ 
・All of US研究プログラムについて(201910発行と古いが日本語)
                https://www.amed.go.jp/content/000094223.pdf
2)MVP
・プロジェクトのメインサイト   https://www.research.va.gov/mvp/
・参加者百万人越えの発表文だがプロジェクトの簡単な紹介あり
         https://news.va.gov/126177/one-million-vas-million-veteran-program-history/
3)UK Biobank
・プロジェクトのメインサイト  https://www.ukbiobank.ac.uk/
・バイオバンク(UK Biobank)利用の現状 医療産業政策研究所 2023/3 (日本語)
                https://www.jpma.or.jp/opir/news/068/06.html
・データ活用分野        https://www.youtube.com/watch?v=sWgJU6NN_XU&t=924s