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ヘルスケアデータの大規模収集(コホートやバイオバンク)事例 その2 日本の異色のアプローチ 

2024.02.12 デジタルヘルス

地味なテーマではあるが、前回は個人のヘルスケアデータを収集・蓄積するデータベースにつき、欧米の代表的な3つ、アメリカのAll of USとMVP(Millions Veteran Program)、イギリスのBiobank UKを紹介させて頂いた。

日本で地域の健康調査(コホート)というと、九州の久山町が知られるが、今回は、コホートから始め幅広い健康についての研究・産業につなげようとしている弘前COI-NEXTにつきご紹介したい。弘前COI-NEXTでは、日本一の短命県という汚名返上を動機として地域住民の健康データをこの20年続けて収集し、地域更にはより広くの地域の住民の健康に役立てる研究を弘前大学を中心に全国の他研究機関も巻き込んで行っており、更には、相当数の企業がここのデータを用いて健康に関連する産業を興そうという試みを行っている。

この活動は、今後我々がウェルビーングな社会に向けての健康増進を日本の国のレベルで広げていく方法を考えるヒントになると思う。厚労省が進めている医療DX推進などとも連動し医療と病院の外でのヘルスデータの結びつくきっかけにもなってくれないかと願う。

1.日本のバイオバンクとコホート
バイオバンクは、医学研究のため人の血液、手術・検査の際に摘出され診断に使用された後の組織の一部など生体試料を医療情報と合わせて保存したもの。
日本では、3つの大きなバイオバンクがある。バイオバンクジャパン(BBJ) 、ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク (NCBN) 、東北メディカル・メガバンク (TMM) の3つであるが、BBJとNCBNは疾患を持つ人を対象とし情報を集めるが、これに対しTMMは一般住民を対象に広く情報を集める。
コホートは、地域住民の健康調査を行いデータ収集を行い蓄積していくことをいうように思う。多くの場合、多年度にわたり蓄積する。

2.弘前COI-NEXT
(1)弘前COI-NEXTの始まり
青森県が日本で平均寿命が一番短いので、これを脱却するため、まず現状把握のため計測できるように弘前大学と青森県・弘前市が弘前市の岩木地区で住民のヘルスデータを2005年から集め始めた岩木健康増進プロジェクトと呼ぶ大規模な住民の合同健診が今日の活動の始まりである。毎年1000人のデータを採取する。
この弘前の活動が、まず、2013年に、このデータを活用した健康増進のための10年間の研究が文部科学省のCOIプロジェクトの1つに認定された。更に2022年にCOI-NEXT(共通の場形成支援プログラム)として継続して選定され、健康増進のための行動変容まで取り入れて若年層までに対象を広げ行動変容をも促進する活動へと進化しつつある。

(2)弘前COI-NEXTの活動ビジョン
地域の健康寿命延伸とともに健康産業も育成し経済発展も追求し、高いQOLをもたらすwell-beingな地域社会モデルを実現する、というビジョンを掲げて活動している。下の図1がこのメカニズムを説明する図である。

(図1) 弘前COI-NEXTの新ビジョン
     出典:https://coi.hirosaki-u.ac.jp/overview2/ 

(3)これまでのデータ収集・DB構築と具体的研究テーマ
① データ収集
既に述べた2005年からの弘前市の岩木地区の住民の健康状態を、ゲノムから腸内細菌、軽度認知機能関連まで幅広く3,000項目もの検査を、毎年1,000人規模分行う。
検査項目は、下の図2に示すように、DNAや身体の物理的・生理的情報のみから始まり、個人生活や社会環境の情報にまでわたる。

(図2)岩木健康増進プロジェクトで採取するビッグデータ
    出典:https://coi.hirosaki-u.ac.jp/overview3/ 

② DB構築と具体的研究テーマ
これまでの弘前COIの活動で、AI研究開発用データベースを構築し、約20*の疾患における発症予測モデル(3年以内に発症するかどうか)を構築し、疾患予防・改善のための個人別アルゴリズム開発を目指した。これにより、AIが個人の状態に応じて個別の改善プランを立案が可能になった。
  *:動脈硬化、抹消動脈疾患、高血圧症、糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症、
    骨量減少、認知症、軽度認知障害(MCI)、虚血性心疾患、メタボ、
    ロコモティブシンドローム、サルコペニア、慢性閉塞性肺疾患、慢性閉塞性
    肺疾患(註程度以上)、肥満(体脂肪率)、やせ、変形性関節症、慢性腎臓病
また、22以上の参画企業・大学にデータを提供し、弘前大学をコアにした産学連携の研究が始まった。

(4)弘前COI-NEXTでの主要な活動
① 全体のモデル
直前10年間のCOIでは、検査データを収集・分析して疾患予測を行い早めの対処により医療費削減を行うことを目指していた。
2023年からのCOI-NEXTでは、高齢者だけでなく若い人まで含めた全世代の住民が積極的に行動変容に取組めるような仕掛けを整備し、この岩木DBをベースとした研究の連携を広げ日本全体に寄与し、企業の健康関連産業の育成にも努め、弘前、青森県に経済面まで含めたwell-beingをもたらすことを目指している。(上の図1も参照されたし)
② ビッグデータの構築と活用
ビッグデータの構築とアルゴリズム開発の両面で他大学連携を行う。 健康ビッグデータの収集・蓄積としては、他大学連携で、九州大学(久山町研究での予測発見アルゴリズムの改良PJ)、京都府立大学(京丹後長寿コホート研究での健康長寿の背景因子の解明)、沖縄の名桜大学(やんばる版プロジェクト健診での健康寿命延伸のための課題解明)などの大学と連携を行いデータを拡充する。
発症予測アルゴリズムの解明では、京都大学(奥野教授のビッグデータ解析による新たな疾患概念の構築の研究)、東京大学(井元教授、ゲノムデータ解析による疾患予兆の発見の研究)などとの連携を行う。
③ 若い人の参加も促し全世代での行動変容を目指す
地域の健康増進の活動に、健康意識が低く症状もない若い人までもが参加しやすくする新たなQOL健診を開発した。半日で結果のフィードバック行える。特徴は、
 1)メタボ、口腔保険、ロコモ、うつ病・認知症の4重要テーマを総合的に判断。
 2)保険教育(啓発)に重きを置く。
更には、自宅にいながらセルフで簡単かつ気軽に健診を受診し、健康教育で行動変容の動機づけを楽しく継続的に受けられるセルフモニタリング式「QOL健診」プログラムへと発展させていくことを目指している。
④ 企業連携
弘前大学は研究者と施設・設備、企業は資金と研究者の提供を行い、大学と企業で健康に関する共同研究を行うというフォーメーションで事業化につなげるということで、健康産業の育成が図られている。
2023/12時点だと図3のような企業とテーマで、弘前大学との共同研究が行われている。
2つの例を下に示すが、全体について詳しくお知りになりたい方は弘前COI-NEXのサイトを参照されたい。
1)花王 非接触内臓脂肪測定
スマホやタブレットで正面と側面の写真をとり、簡単な情報を入手するだけで、全身の身体サイズを推定し、花王のDBと組合わせて内臓脂肪値を推定する技術を確立し、若年からの内臓脂肪肥満を防ぐ。
2)カゴメ 野菜の摂取量測定
手のひらをセンサーに数十秒押し付けて野菜の摂取量を測定し、岩木のDBつきあわせ、野菜摂取量をふやす行動変容を起こし、更には認知症予防につなげる。

(図3) 弘前COI-NEXTへの企業の参加
(出典:“新しい健康づくりの試み” ほくとう総研(NETT) 季刊誌 2023/1発行
     https://www.nett.or.jp/nett/pdf/nett119.pdf            ) 

(5)将来に向けてのプラットフォーム作り
弘前COI-NEXTの総括拠点長の中路重之弘前大学特任教授氏は、ほくとう総研の季刊誌で、このオープンな社会イノベーションのために、2つのプラットフォーム作りが必要で、1つが、ビッグデータのプラットフォーム、もう一つが人、あるいはソーシャルキャピタルのプラットフォームと言っている。
ビッグデータプラットフォームの方は、(4)②で触れたような他大学連携に加え、弘前市から国民健康保険の医療・介護レセプトと健診データの提供も受けるようになり、次世代医療基盤法(医療分野の研究開発での医療データ活用促進のため健診結果やカルテなどの個々人の医療情報を匿名加工するなどのルールを定める)の活用も開始している。  
人のプラットフォーム構築、つまりこのプロジェクト活動を進める体制・環境通リ構築は、健康増進、ビッグデータ収集や研究成果の社会実装のための前提となる。具体的には、青森県の全市町村で健康宣言を出す、県下の企業への健康認定を行う、県の小中学校で健康教育を実施する、青森県の健康推進のための組織づくりを行う、などにより鋭意プラットフォームを構築している。

(参考情報)
参考になる情報の所在を、本文中でもリンクを張っていたり、出典で引用済みのものも多いがここに改めて整理する。

医療 DX の推進に関する工程表(案)(日本政府医療DX推進本部 第2位会議資料から)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/dai2/siryou1.pdf

今後のバイオバンクの在り方について 文部科学省が第11回ゲノム医療協議会で発表
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/genome/genome_dai11/siryou2-1.pdf

COI-NEXT(共通の場形成支援プログラム)
https://www.jst.go.jp/pf/platform/

新しい健康づくりの試み ~二つのプラットフォームを活用した産官学民のオープンイノベーション~ ほくとう総研(NETT) 季刊誌 2023冬(2023/1) p.8-p.13
https://www.nett.or.jp/nett/pdf/nett119.pdf

弘前COI-NEXTでの企業との共同研究
https://coi.hirosaki-u.ac.jp/kouza/