医療情報の開示と共有 その3  ...-ICT技術調査 デジタルヘルス情報提供-株式会社テックナレッジハウス

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医療情報の開示と共有 その3 欧州 (米国・日本のアップデート付)

2024.08.06 デジタルヘルス

医療情報の開示と共有については過去2回、2023/2/6にはその1の米国編を、2023/3/25にはその2の日本編本ブログでご紹介した。ここで開示は、医療情報の患者への開示、共有は病院が今診ている患者の過去の他病院での医療情報を参照できるようなことをいう。今回は、医療情報の開示・共有について、欧州について現状を説明するとともに、米国と日本についても多少、その後の進捗などに触れたい。

欧州では、2次利用まで想定した法整備が進み、2024/3にEUがEHDS法案を暫定承認し、1次利用のサービスは既に始まっている。米国は、既に電子カルテなどアプリケーションベンダーが開示・共有のため守らねばならない規則を政府が2020/3に発表し、すでに電子カルテなどのベンダーは対応している。日本はまず1次利用のため国が全国医療情報プラットフォームを整備中で、電子カルテの普及率は他の先進国に比べて低いが、2025年から電子カルテの情報共有サービスを徐々に開始する予定である。

このような環境下、最近国内でもいろいろな医療情報関連の場で世界の動向の紹介がある。
6月中旬に千葉で開催された日本医療情報学会の春季学術学会では、米国全土の医療機関をつなぐネットワークの大手のeHealth ExchangeのNakashima社長を迎えたシンポジウムでeHealth Exchangeの紹介があり、7月中旬東京で開催された国際モダンホスピタルショーで、日本IHE協会の副会長の塩川康成氏から世界の医療情報共有システムでのFHIR活用の進捗の報告(Intersystemsのブースで)もあった。

(補足説明)医療情報の1次利用と2次利用
医療情報の共有は、電子カルテなどの医療情報を本来の目的、つまり直接患者の診療のために用いる1次利用と、本来の診療の目的とは別に、多くの患者のデータの統計的分析することで、病気の発生状況や要因の解明、新しい診断法の発見や薬の副作用の検知や新薬開発の情報としての利用などに役立てる2次利用の2つのケースがある。

(1)欧州での医療情報の開示・共有
欧州(EU)は、複数の国が集まっており、他の地域と状況が異なる。国ごとのシステムがあり、更にその上にEU域内での個人の電子健康データの共有と医療データの2次利用を行うサービスをEUがEHDS(European Health Data Space)という仕組みの構築と推進により進めようとしている。COVID-19パンデミックにより、EU域内では人は自由に動けるのに、医療データが自由に動けず緊急対応時のデータ提供・開示に限界があると痛感され、コロナ後に整備されてきた。

実際、法制度面ではEHDS法案が2024/3にEUで暫定合意された。この法案は加盟国のGDPRの不均一な実施と解釈をのりこえるべく進められていたが、オプトアウト(EUレベルでの医療情報共有への情報提供に参加しないという選択ができる個人の権利)を認める条件など加盟国の判断にゆだねる部分は存在する。

1次利用はMyHealth@EU、2次利用はHealthData@EUというインフラが整備されつつあり、1次利用では既にサービスを開始し、徐々にサービス地域やサービス内容を拡充しつつある。2次利用は現在参加各国の体制やシステムを整備中のようだ。

MyHealth@EUでは、現在、電子クロスボーダヘルスサービスとして、個人の電子健康データである電子処方箋と患者サマリーが国をまたがって患者と関係医療機関で共有される。医療画像、検査結果、退院レポートは今後を予定している。

また、2次利用については、各加盟国に健康データアクセス機関(HDAS: Health Data Access Bodies)を構築し、ここに共有できる公的メタデータカタログを作成し、利用したい人はこのHDASに申請し、承認されればHDASのシステム上で当該データを利用した分析が可能となる予定である。 この2次利用の手続きの流れを下に示すが、次世代基盤政策研究所(NFI)の資料から引用する。

(出典)医療データの利活用の促進とEHDS
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4542

因みに、EUの加盟国の間の医療データ共有以前に、いくつかの国の医療情報デジタル化と共有の現状をみてみる。

デンマークやフィンランドなど北欧が最も進んでいると言われる。
たとえば、フィンランドでは、Kantaと呼ばれる中央のセントラルDBと言えるEHR環境を国の社会保険庁が運営し、個人の医療情報が個人の同意のもと医療関係者にも共有され、個人には、My Kanta Pagesからアクセスできる。また、Kantaには、Kanta PHRという機能があり、ここに個人のライフログデータの登録を民間のアプリ経由で行え、医療機関もこのKanta PHRを参照できる。
また、Kantaやその他の公的DBの2次利用も可能になっている。

一方、フランスでは、電子カルテの普及率は80%程度だが、政府主導で、医療情報を共有するための電子カルテの制度”Mon espace sante”を提供する。これにより、全国民が医療データを安全に医療従事者との共有が可能となる。データは患者本人のものという考え方で、患者本人、かかりつけ医、緊急対応者以外は患者本人が承認した相手に共有が可能となる。患者の参加は、オプトアウト方式である。
電子カルテシステムのベンダーは、電子カルテの形式にこのシステムの利用する公的システム共有型電子カルテシステム(DMP, Dossier Medical Partage)と互換性を持たせる必要がある。利用者がまだ少ない、との指摘もある。
あと2次利用についてはまだ今後法整備が必要とのことらしい。

また、隣のドイツは、電子カルテの普及率は100%というが、連邦制国家でありヘルスケア政策につき各州の権限も強く、データ共有は十分進んでいないようである。

ところで、参考情報だが、欧州でのデータ共有のインフラの検討は意外なところから本格展開を始めた。
まずは、データ主権を守れるデータ共有のインフラのアーキテクチャー策定を行うGaia-Xが組織された。というのは、米国の大手クラウドを使うのではデータ主権を守れない。具体的には、米国政府は、いざという時に米国籍の会社の海外法人の持つデータを検閲することができるからである。
一方、データ主権を守りながらデータ共有の標準やルールの策定は、IDSA (International Data Space)で行っている。Gaia-Xのインフラの上には、データスペースを設けて、データの内外へのやりとりはこのデータスペースを経て行う。このデータスペースは産業別に徐々に構築されつつあるが、その1つがこのヘルスケアデータを扱うEHDSである。

(2)米国での医療情報の開示・共有(前回のアップデート)
米国では、国自身が医療データを共有するシステムを構築しているわけではなく、上述のように既に電子カルテなどアプリケーションベンダーが開示・共有のため守らねばならない規則を政府が2020/3に発表し、すでに電子カルテなどのベンダーは対応しており、たとえば、電子カルテのPatient Engagementの機能を使えば、患者はスマホからかかっている病院の電子カルテシステムから自身の医療情報を参照できる。

医療機関の間での診療データの共有システムは、一般的にHIE(Health Information Exchange)と呼ばれる。元々政府が設立して始まったeHealth ExchangeとかCareequality、Common Health Allianeなどがあるほか、電子カルテベンダー最大手のEpicが運営するCare EverywhereはEpic間の連携を可能としている。

コロナ時に公的機関になかなか情報が集まらなかった反省から、更にこれらHIEを相互につなぐため、連邦政府の旗振りでTEFCAの中でQHINというHIE間の医療情報交換のための交換のフレームワークが企画・開発され実装フェーズに入りつつある。

2次利用もこの動きに伴い、進んでいくと思われる。

(3)日本での医療情報の開示・共有(前回のアップデート)
今回は、特に日本政府の動きにつき、補足したい。
日本の医療DXは、自由民主党の提言から政府の医療DXの方針へと引き継がれ、現在は政府の医療DXの推進に関する工程表(説明線表)に基づき厚生労働省が中心になり進めている。この活動で医療情報開示・共有に関しては、下記の2点を推進している。

1)全国医療情報プラットフォーム
まず、インフラは、現在日本中の医療関連施設に導入中のオンライン資格確認システムのネットワークを発展的に拡充し、全国医療情報プラットフォームとして活用する。
これにより、このシステムへの登録情報は、レセプト・特定健診情報に加え、予防接種、電子処方箋、自治体健診、電子カルテなどにも広がる。
マイナンバーカードで受診した場合は、患者の同意のもと、この全国医療情報プラットフォームを活用して、登録された情報を医師や薬剤師と共有できる。

2)電子カルテ情報の標準化、導入促進
共有する電子カルテの情報は、3文書6情報*を、世界の標準のHL7 FHIRの形式で共有する。
  *:3文書は、健康診断結果報告書、診療情報提供書、退院時サマリー。
    6情報は、小病名、感染症、薬剤忌避、アレルギー、検査、処方
但し、電子カルテの現状で、標準化が中途半端なこととと電子カルテ普及率の低いという問題があり、厚生労働省を中心に官民協力して、未導入のところへの導入をターゲットに、廉価なHL7 FHIRベースのクラウドベースの電子カルテの開発が進められている。既存の電子カルテベンダーもHL7 FHIRに対応していく必要がある。

これらを通して、電子カルテの普及率の目標を、現状50%(大病院になればなるほど普及率は高い)から、2026年までに80%、2030年までに100%に順次上げるとしている。

既述の全国医療情報プラットフォームが整うまでは、これまで整備されてきた地域ごとの地域医療ネットワーク(令和元年に218存在した)でカバーすることとなる。
カバー率が高くよく利用されているものに、例えば長崎県のあじさいネットがある。

なお、国の医療DX推進の全体のスケジュール感は下記の通りであり、上で説明した電子カルテの共有に関係する部分を赤線で囲んである。

(出典)医療DXの推進に関する工程表の全体像(具体的線表)
  https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_zentaizo.pdf 

(参考になる情報)
本文理解のために参考になる情報を下に挙げる。本文中で参照したものも含む。

(1)医療データの利活用の促進とEHDS
      (森田朗NFI(次世代基盤政策研究所)理事による説明動画と資料、2024/7/30に動画公開)
 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4542

(2)European Health Data  Space(EHDS)法案の概要 (KDDI総合研究所 Nextcom 2024/6)
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/nextcom/2024/58/2024_2/_article/-char/ja/

(3)米国政府が医療データ相互運用性の最終規則を公表 (デロイト、2020/3/10)
 https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/risk/articles/cr/global-cybersecurity-news-104.html

(4)医療 DX の推進に関する工程表(日本政府 医療DX推進本部 第2回会議 2023/6/2決定事項)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_kouteihyou.pdf

(5)工程表の全体像(具体的線表)(日本政府 医療DX推進本部 第2回会議 2023/6/2決定事項)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_zentaizo.pdf